日常を淡々と描い

社会の目まぐるしさから離れた日記

ひっそりと本音こぼし日記

 健康診断に行きたくない。自分の体の問題から目を背けたい。健康に気をつけて生活しても、甘んじて不健康な生活をしているとしても、病気になるときは、なる。不健康だけど楽しい生き方をして、死ぬ時はポクっと死ねればいいと多くの人は考えていると思うけど、僕もそう思う。頑張って健康な生活をして、その結果迎えた検診で再発してますとか言われたら心が折れる。「健康のために努力したのはなんだったんだ」みたいな。そういうことを考えながら、酒飲み喫煙夜更かし朝帰り偏食ストレス社会で生活...などの不健康を生きながら20歳、30歳、40歳、50歳...と生きている人を見ると、彼らと僕の間に何の違いがあって、僕はこんな目にあっているんだろうという思いがとめどなく頭に溢れてくる。

 そういうことを考えているうちに疲れてきて、利己的に自分の幸せを考えようと決めた一方で、やっぱりネガティブに考えるクセがあって、でもモンスターハンターワールドとニーアオートマタはやりたいな、みたいな思考の振動がずっと続いています。

 とにかく、嘘や悪意がいくつも落っこちているこの現代社会で、そういうマイナスな感情に費やす時間が勿体ないな、というのを、ブログを書いてて、思った。やっぱり、思考を整理するために書く、というのは良い。特に、誰かに評価されることを気にしなくて良いと思って書いている時は、特に

 なんでこんなつらい気持ちになっているかというと、次の定期検診が12月にあって、モンスターハンターワールドの発売日が1/26だから、12月の検診で再発しました入院しましょうって言われたら本当に嫌で、嫌だなぁと思ってたからです。そんなことがキッカケで苦悩が膨らんでしまいました。でも書いてたら頭が整理されました。カレンダーの先のことを楽しみだなと思って生きていられている今の生活が続いて欲しい、それで人生をだいたい楽しんだ頃に、癌になってポックと死ねるのが良い。神様がいるなら、これくらいの願いは叶えて欲しい、物理の勉強頑張るから

 

縁は影よりも強く

縁は影よりも強く、自分と結びついている。というわけで

(以下純文学気取りの読みにくい文章)

 自分は一昨年頃、ひどく精神を病んでいた期間があった。今回のブログは、そのこと自体についてでは無く、むしろ、その時の自分が現在の自分と連続的に繋がっていることを実感させた、今日の出来事を忘れないためである。

 僕は昨日、当時お世話になっていた保健科の先生に、およそ1年以上ぶりに連絡をした。その理由は、ある時に自分から先生と連絡を取るのをやめ、会いに行くのもやめてしまったからであって、単純に自分の中に溜まり積もったそのことの罪悪感や申し訳なさからであった。それまでも一応、音沙汰のなくなった僕を心配していらっしゃるのではないかな、ということは度々思っていた。しかし自分の””普通の””ズルさ(精神の健康な人が普通に行うようなサボり)が、1年以上も疎遠な状況を作っていた。

 それから、今日、先生が僕の送ったメイルに返事をくださって、読むと、「元気でなにより、体調に気をつけて」と書いてあった。僕にとっては、先生の安堵しているのを知れたことが、なにより嬉しいことだった。本当は、僕のことなんかもう忘れていると思っていた。僕が自分の溜飲を下げたいためにメイルを送っても、先生は先生の今の仕事に精一杯であるに違いなく、それを今更になって僕の近況を言っても迷惑なだけなんじゃないかと思っていた。しかし僕の自意識の方がまったく見当違いだっただけで、先生は変わらず温かかった。そのことが嬉しかった。

 恩師とのつながりは生きている限り長く続く、ということが普遍的に言われているけれども、今日のことがあって、確かにそのとおりだと思った。

2017.10.9

 こんにちは、最近露骨に思考が遅れている僕です。これを書いている間も脳内のニューラルネットワークが泥になっており、いよいよAIによるパラダイムシフトがやってきた時には思考力を失い世界を支配する巨大管理システムのエネルギー源として生体電気をロボットに供給していることでしょう。

 従って、ブログに思考を書くことでインターネット上を漂う知性体に向けて、僕が価値ある人間であることをアピールしなければならないのですが、自己主張が苦手なため、まずは好きなこと変なことを楽しくやることから始めようかなと思っています

人生を売れるタイプの人

 穂村弘の「整形前夜」というエッセイを買って読んだ。

 自分の人生を綴った本を、お金を出して買ってもらえるということがスゴイ、と思った。今どき、twitterやインスタグラムを見れば他人の人生の面白いところをタダでいくらでも見れるのに、この人の人生を読むのにはお金を払いたい、と思うのはなぜだろう。

 みなさんはどうだろうか、この人の人生を読むためにお金を払いたいと思うような人は、いるだろうか。

 僕は、気に入った人のブログをブックマークして読んでいる、けれども、そのブログが月額500円だったら読まない。年額10円でも読まない、と思う。まして、「ネットで他人の人生を読む」ことに関して忌憚なく言えば、いくら無料で読めるといっても、読みたくない文章のほうがずっと多いんじゃないかと思う。

 そう思うと、このエッセイに500円を払ったのはつまり、僕は、彼の生き様にものすごい価値と親しみを感じているのであって、じゃなきゃ500円も払えっこない、と思った。

映画を観たという話

 先日、始めて4DXを体験しました。観たのはパイレーツ・オブ・カリビアン(最後の海賊)。

 公開日の翌日に予約をして、観に行って、4DXについてのfirst-impressionは正直、座席の揺れや水しぶきなどの特殊効果はむしろ(特に神経質な人間にとっては)、映画への没入感を削ぐんじゃないか、と思っていたけど、実際は全くそんなことはなかった。海賊と船が躍動的に戦闘するシーンでの水しぶき、情緒的なスペクタクルなシーンでのシャボン玉みたいに、エフェクトが効果的なタイミングで作用してくれるので、観客の映画に沿った感情の動きを盛り上げてくれる感じだった。

f:id:mallycory:20170712112700p:plain(まるで私が海賊になったようだ)

 あとは、僕は自分にとっての正義をちゃんと持っていて、確信犯罪的に主人公と対立するような悪役が好き。今作の悪役"サルザール"はその点、二重マル。バルボッサが毎回違う雰囲気になってるけど、行動原理が全作一貫して上手く生き延びるためっていうのが良い。あと作品が進む毎に愛嬌が増す。

 

2017.06.10

知り合いがこの街を案内をしてくれることになって、神保町に行ってきた。興味があっても、ひとりで新しいところに行くのはこわいので、良かった。

まったく写真を撮らなかったけど、(写真が)無いと寂しいかもしれないから買ったもの↓

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ケストラー著の思想書「ホロン革命」。この人の本で知ってる人が多そうなのは「機械の中の幽霊」。

今回は特に理科と数学の本を見に行くためだったので、一緒に行った人に「(理工系と)全く関係がない」とツッコまれた。会話のたびに、僕の「考えているようで何も考えてなさ」がひたすらに露呈してしまっていたかもしれない。自分を繕ってはいけない

 

ヒーローになりたい

金曜ロードショウでウルヴァリンを観て、心の底から憧れて、自分もローガンみたいになりたいと思った